御所野の歴史

御所野の歴史

御所野は秋田市の東南部に位置し,標高40mのほぼ平坦な台地の地形となっている。御所野ニュータウンの開発に先立って(昭和56年から)発掘調査が行われ,その調査から石器時代~平安時代までの遺跡が31ヶ所確認され,竪穴式住居や墓などの構造物跡及び土器・石器などの遺物が数多く発見されている。このことから,御所野地域は,昔から人々が住む環境に恵まれていたことがわかる。
現在の御所野の発祥は,天和2年(1682年)に第三代秋田藩主佐竹義処(よしずみ)が豊成~横山間の一里の道程に民家が一軒もないことから,旅人の難儀を助けるために村(現在の元町四丁目)を置いたことによるとされている。また地名は,この地を大名行列が通る際に休憩した場所であることから名付けられたと言われている。

ニュータウン御所野             goshono_kusatsu

秋田市新都市開発整備事業が起工されてから,20年以上が経過した。御所野地域は新都市秋田テクノポリスの中核として,住宅・産業用地,医療・福祉施設,学校・公園及びタウンセンターなどが機能的に配置され,総合的な街づくりが進められている。なかでも,老人福祉総合エリアは高齢化社会に対応する福祉施設として,健康や生きがいづくり,ボランティア活動の実践などの各種施設の機能を総合的に備え,子供から高齢者まで利用されている。
平成11年4月には,御所野学院中学校が開校し,平成12年4月には,市立の中学校と高等学校を併せた併設型中高一貫校がスタートした。しかし,平成29年4月から少子化に伴う生徒数の減少・地域や保護者の要望により御所野学院中学校は,地域の中学校として新たな体制をとることとなった。この地域には,秋田市はもちろんのこと県内外各地から多くの人が転居してきている。そのため多様な考えをもつ人の集まった新しい地域であり,子どもたちの教育に熱心で,PTA活動も盛んである。