2年2組 T・A
研究テーマ 赤レンガと川尻の町
〜秋田刑務所と町の歴史〜
旧奈良家住宅、赤レンガ資料館、秋田の文化財には素晴らしい建築物がたくさんある。しかし、世の中には“史実にはない文化”というものがある。
川尻にある秋田刑務所。この建物を昔囲っていたもの、それが秋田刑務所正門、通称『赤レンガの壁』だ。
私の祖父母は川尻に住んでいる。以前刑務所が大火事になったとき、祖父や町の人々が協力して消火活動にあたったときいた。その大火事をこえて、赤レンガの壁は今なお秋田刑務所を守っている。
今回のテーマタイトルとなった、“文化財”赤レンガの壁を、秋田刑務所とともに、探ってみよう。
調査内容
@・インターネットを使った事前調査(6月〜8月)
A・祖父へのインタビュー(夏休み中)
B・秋田刑務所への訪問調査(夏休み中)
調査結果
@・赤レンガの壁・秋田刑務所についての予備資料を入手(参考程度に使用)
A・『祖父から聞いたこと』参照。
B・『年表』『秋田刑務所の概要』参照。
年表
M 4年11月 秋田町内外の獄舎4ヶ所及び徒刑場1ヶ所が秋田県の管轄となる。
M45年 5月 旧施設(秋田監獄)の新築に着工。
T11年10月 秋田刑務所と改称。
S22年11月 漏電により舎房及び工場等焼失。
S25年10月 収容人員1147名に達する。
S27年 3月 焼失した舎房及び工場等完全しゅん工。
H 1年 9月 現在地の全体改築工事着工。
秋田刑務所の概要 (平成十二年七月一日現在)
施設敷地総面積 78560平方メートル
建物延面積 23600平方メートル
収容定員 既決 289 名
未決 100 名
収容状況
主に秋田県・山形県下で懲役刑の確定した26歳以上の成人男子受刑者のうち、犯罪傾向が進み、実刑期8年未満の者を収容。また、未決拘禁者も収容。
祖父から聞いたこと

大火事・・・S22年の大火事の時、囚人達は一人も脱獄しようとせず、川尻町の住民や地元青年会と一緒に消火に当たった。そのとき消火の指示をだした刑期中の男性は、所のはからいで、刑期を短くしてもらった。
平和・・・昔は、赤レンガの壁の周りに畑や田があった(右図参照)。この田畑でとれた米や野菜は、刑務所内で食事に使われたり、地域の人たちに販売していたそうだ。田畑のまわりには一応鉄条網の囲いがあったが、これは囚人達が逃げないようにするのではなく、近所の悪ガキ達が野菜や米を盗まないようにする為だったそうだ(父談)。
上の話からわかるように、川尻では町の人々と受刑者が共に平和に暮らしていたため、『日本一平和な刑務所』と言われていた。

戦争・・・第二次世界大戦中、秋田刑務所では弾薬を入れる箱や武器などを作っていた。その作業場所が、なんと赤レンガの壁の下にあったのである(右図参照)。一見薄そうな壁だが、実際は旧正門(現赤レンガの壁左側)よりも分厚いのだ。さらに、高温で焼いたレンガは丈夫で、その下に作業所を作れば安全というわけだ。
『日本一平和な刑務所』の歴史にも、戦争の爪痕は残っている。そして、その証言者の一人が、赤レンガの壁なのだ。
今後の課題と感想
6月〜9月までの調査によって、(私的に)中間報告レポートはきれいにまとまりました。
今後の課題としては、
@・今まで調べたことをさらに深く調査
A・研究旅行に向けての予備調査 を予定しています。
末筆になりましたが、私の珍しい(?)テーマ設定にGOサインを出してくれた大野先生方、お盆休み中にも関わらず取材に応じてくれた服部さん、本当にありがとうございます!!
平成12年9月28日
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