♪音量を調節してお聴きください♪
| 1. 荒波たける日本海に くじけぬ気魄授けられ みどり明るき秋田野に かがやく希望つちかいて 伸びゆく我等 たのしき我等 あゝ 北中の若人我等 |
| 2. 嵐に怖じず雪に負けず 力を協せ我等ゆく 高き真理の峰をよじ 叡知の林究めつつ 伸びゆく我等 たのしき我等 あゝ 北中の若人我等 |
| 3. 砂丘を踏みて若き春に 交せし誓忘れまじ 秋田だましいたくましく 日本の未来担わんと 伸びゆく我等 たのしき我等 あゝ 北中の若人我等 |
| ●校歌の完成 |
| 作詞は奈良環之助氏を通して西條八十氏に依頼した。西條氏は昭和38年9月17日来校して本校の事情やとりまく環境を見聞した上で作詞にとりかかり、11月に完成、本校へ送付した。本校ではその作について希望意見を付して返送した。西條氏はそれにより更に推稿したものを古関裕而氏に回送して作曲を依頼した。 昭和39年1月15日、作詞・作曲とも完成しこれを受領した。 |
| ●作詞家 西條 八十(さいじょう やそ) |
| 明治25年東京に生まれる。早稲田大学在学中より詩作する。フランスに留学し、早稲田大学教授などをつとめたが、その詩はロマン的・幻想的で「かなりや」の歌はよく知られており、童謡詩、民謡、歌謡曲の作者として有名。昭和45年8月没す。 代表作 「東京行進曲」「東京音頭」「涙の渡り鳥」「青い山脈」 「鞠と殿さま」「肩たたき」「同期の桜」など |
| ●作曲家 古関 裕而(こせき ゆうじ) |
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明治42年福島に生まれる。山田耕筰に師事して作曲を学んだ。哀調を帯びた流行歌やマーチなどを数多く作曲し、人気を得た。昭和39年、東京オリンピックのための行進曲「オリンピック・マーチ」を発表した。平成元年8月没す。 |
| 西條八十・古関裕而のコンビは数々の名曲を世に送り、多くの国民に愛唱された。 |